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福岡地方裁判所行橋支部 昭和47年(ワ)44号 判決

主文

被告川出義雄及び同川出賢一は原告に対し各自金九七万一、七〇四円及びこれに対する昭和四七年五月三〇日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告川出義雄及び同川出賢一に対するその余の請求、並びに被告株式会社山口工務店に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告株式会社山口工務店との間に生じたものは原告の負担とし、原告と被告川出義雄及び同川出賢一との間で生じたものはこれを三分し、その二を同被告両名の負担としその余を原告の負担とする。

この判決の第一項は原告において被告川出義雄及び同川出賢一各自に対し各金二〇万円の担保を供するときは、それぞれ仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

(一)  被告らは原告に対し各自金一四一万四、二五〇円及びこれに対する被告株式会社山口工務店は昭和四七年五月二八日から、被告川出義雄及び同川出賢一は同年同月三〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

訴訟石川春美は、昭和四七年一月一五日午前一〇時四五分頃、原告所有の普通乗用自動車(北九州五五あ一四―三二トヨペツトコロナ四六年型、以下原告車という。)を運転し、小倉空港より訴外松田澄子、同紺屋ひとみ及び同市薗いつ子を乗せ、福岡県京都郡勝山町仲衷トンネル手前菩提バス停留所付近の国道二〇一号線を田川市方面に向け時速六〇キロメートル以下の速度で進行中、反対方向からトンネルを抜け進行してきた被告株式会社山口工務店(以下被告会社という。)所有の被告川出賢一(以下被告賢一という。)運転にかかる普通貨物自動車(北九州四に八〇―七九号ニツサンジユニア四五年型、以下単に被告車という。)が、前方の軽四輪自動車を追越そうとして中央線を越え、時速約七〇キロメートルの速度で進行してきたため、原告車に激突し、石川春美、松田澄子及び紺屋ひとみが即死、市薗いつ子が重傷を負い、原告車は大破した。

(二)  被告らの責任

1 本件事故当日はかなり激しい降雨があり、しかも事故現場付近の道路は下り勾配であつて、被告車には積荷があつたのであるから、被告車は前車を追越すにあたり、滑走してハンドルを取られる危険があつた。このような場合被告賢一が前車を追越すにあたつては、対向車線の交通を十分注視し、前車の速度及び道路の状況に応じて出来る限り安全な速度と方法で進行すべき義務があるのに、これを怠り漫然と時速約七〇キロメートルで前車の追越を開始したため、対向車たる原告車を発見して危険を感じ、自己の進路に戻ろうとして急にハンドルを左に切り、急ブレーキをかけたので、被告車が滑走し、ハンドルをとられ中央線を越えて原告車と正面衝突した。従つて、被告賢一には本件事故につき過失があり、原告がこれにより蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

2 被告川出義雄(以下被告義雄という。)は、被告賢一の原告に対する右損害賠償債務を重畳的に引受ける旨を原告との間で約した。

3 被告会社は、建設業を営むものであるが、被告車を所有し、これを営業用に使用していた。しかして被告会社はこれを訴外中武香澄に借用させたのであるが、その際被告賢一と面接し運転免許証を調査したうえ被告車を貸与したものであつて、被告賢一に対する対人的支配関係を有し、両者間には指揮監督関係があり命令委託の関係がある。従つて、被告賢一の被告車の運転は被告会社の外形的事業の執行にあたり、被告会社は民法第七一五条により使用者として原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(三)  損害

1 自動車破損による損害

原告車が大破したことは前記のとおりであるところ、原告車は本件事故時において新車として購入後一六日使用しただけであるから、原告はその購入価格にあたる六六万一、〇〇〇円の損害を蒙つた。

2 原告車の附属品は本件事故により全部使用不能となり、次のとおり合計二五万七、〇五〇円の損害を蒙つた。

(1) 無線機一台 一八万五、〇〇〇円

(2) 料金メーター 二万一、〇〇〇円

(3) タコメーター 一万二、〇〇〇円

(4) カーラジオ 六、〇〇〇円

(5) ヒーター及びマツト 一万〇、四五〇円

(6) オートドア 三、二〇〇円

(7) 屋上燈 二、一〇〇円

(8) 塗装及び工賃 一万五、八〇〇円

(9) 備品 一、五〇〇円

3 車両休車損

原告車の水揚代から運転者賃金、LPGガス代、オイル代を差引くと一日平均九、五三六円となり、従つて原告は原告車から一日当り右同額の利益を得ていたので、昭和四七年一月一五日から同年三月四日までの五〇日間の休車による損害は合計四七万六、八〇〇円となり、原告は同額の得べかりし利益を喪失した。

4 破損自動車牽引代 一万〇、五〇〇円

5 消防団員御礼 酒一斗八、九〇〇円

(四)  よつて、原告は被告らに対し本件交通事故による損害賠償として各自金一四一万四、二五〇円及びこれに対する本件事故後であり、訴状送達の翌日であるところの、被告会社については昭和四七年五月二八日から、被告義雄及び同賢一については同年同月三〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

(一)  被告会社

1 請求原因(一)の事実中、被告賢一の速度は否認するが、その余の事実は認める。

2 同(二)1、3の事実中、本件事故時は降雨中であつたこと被告車が前車を追越そうとして中央線を越え、原告車と衝突したことは認めるがその余の事実は否認する。

3 同(三)の事実は不知。

(二)  被告賢一及び同義雄

1 請求原因(一)の事実中、事故の日時、場所及び石川春美、松田澄子、紺屋ひとみの死亡並びに市薗いつ子が重傷を負つたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同(二)の事実は否認する。本件事故は被告賢一が前車を追越し、自車の通行帯に戻る途中、突然車体後部が左へスリツプし、センターライン上を一五ないし一六メートル滑走し、折柄対面進行して来た原告車と衝突したものであるが原告車としては左側に三メートル以上の空間があつたにも拘らず、何ら避譲の措置をとらず、漫然とセンターライン寄りを走行してきたため惹起されたものであり、専ら石川春美の前方不注視、避譲不適当の過失に起因するものである。

3 同(三)は争う。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生並びにその態様

(一)  昭和四七年一月一五日午前一〇時四五分頃、石川春美運転にかかる原告車と被告賢一運転にかかる被告車とが福岡県京都郡勝山町仲衷トンネル手前菩提バス停留所付近の国道二〇一号線上で衝突したこと(以下本件事故という。)は当事者間に争いがない。

(二)  原告と被告会社間では成立に争いがなく、原告とその余の被告との間では、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第七号証同第一〇、一一号証、同第二八号証、同第三〇ないし第三二号証、同第三五号証、同第三七号証によれば、次の事実が認められる。

1  本件事故現場付近の国道二〇一号線は幅員一〇メートル、アスフアルト舗装の直線道路で、田川市方面から行橋市方面に向けやや下り勾配となつており、本件事故当時かなりの降雨があり路面は湿潤していたこと、被告賢一は被告車を運転して前記仲衷トンネルを出て右国道を行橋市方面に向け進行していたが、自車前方一〇数メートル先の先行車を追越そうとし、時速約七〇キロメートルに加速して対向車線上に出て追越を開始したこと、その際被告賢一はかなり遠方に対向車線上を対向して進行してくる原告車を発見したが、原告車と離合する前に十分追越を完了し終えるものと判断し、追越を継続したこと、そして右先行車から約三一・五メートル前方に進行した地点で、右先行車との距離上自己の進行車線に進入しても安全であると考え、右地点から約三五・五メートル進行した地点で左にハンドルを切り、車体前部を進行車線に進入させたこと、その際の被告車と原告車間の距離は約一〇〇メートルであつたこと、しかして被告車はその瞬間、自車後部を左に振り、再び対向車線上に車体をやや右斜めにして進入したこと、その時被告賢一は進路前方の対向車である原告車との距離が約五〇メートルであることに危険を感じ、急制動の措置をとつたが、間に合わず、車体をやや右斜めにしたまま滑走し、自車前部を原告車の前部に激突させたこと(被告賢一が先行車を追越そうとして中央線を越えて進行したことは原告と被告会社間において争いがない。)、

2  一方石川春美は原告車を運転して国道二〇一号線を田川市方面に向け時速約七〇キロメートルで進行していたこと、しかして原告車の衝突時の時速は約五二キロメートルであつたこと、

3  衝突地点は対向車線上の右側端(被告賢一の進行方向から見て)から約三メートルの地点であること、被告車は対向車線上を追越し開始から車体を左右に振るまで約二三七メートル進行していること、又被告車が車体を左右に振つた地点から衝突地点までは約四五メートルであること、ところで本件事故現場付近国道二〇一号線の制限速度は時速六〇キロメートルであつたこと、

4  なお、右衝突により、原告車の運転手石川春美及びその乗客二名が即死したこと(この事実は当事者間に争いがない)。

二  被告らの責任について

(一)  被告賢一

前記認定の事実によれば、被告賢一には、当時路面は降雨のため湿潤し滑走しやすく、かつ、ゆるやかな下り勾配であつたので、進行中ハンドルを取られる危険があつたのに、漫然と時速約七〇キロメートルの高速度で先行車の追越を開始し、対向車線に進入して進行した過失があるものというべきであるから同被告は不法行為者として原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(二)  被告義雄

証人林大三郎の証言により成立の真正が認められる甲第一号証及び証人林大三郎の証言によれば、被告義雄は原告に対し、被告賢一の原告に対する損害賠償債務につき、自己も又その債務を負担する旨約したことが認められるから、同被告も又原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべきである。

(三)  被告会社

前掲甲第三一、三二号証、原告と被告会社間では成立に争いがない甲第三三、三四号証及び被告会社代表者本人尋問の結果によると、被告車は被告会社の所有にかかるものであり、被告会社はこれを営業に使用していたものであるが、被告会社の代表者山口喬は、昭和四七年一月一四日(本件事故の前日)、知りあいの中武香澄から家具運搬のため被告車を貸してほしい旨懇請され、これを同女に貸与することを約し、翌一五日同女から右家具運搬のための運転手として初めて紹介された被告賢一に被告車を渡したこと、本件事故は、中武香澄から家具運搬を依頼された被告賢一が、同女の家具を被告車で別府市まで運搬する途中の出来事であつたことが認められる。右事実によれば被告会社は被告車の所有者というだけで、被告賢一との間に使用関係、即ち被告賢一が被告会社の被用者であつたとは到底いい得ないものというべく、他にこの点を認めるに足る証拠もない。

してみれば、原告の被告会社に対する本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく、失当である。

三  損害

(一)  車両全損による損害

前掲甲第七号証、同第一〇号証、同第三七号証、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第一三号証、証人林大三郎の証言から成立の真正が認められる甲第二、三号証、及び同証人の証言によれば、原告車は本件事故により修理不能な程度に大破したこと、原告は原告車を昭和四六年一二月二五日代金六六万一、〇〇〇円で購入したが、本件事故日までわずか二〇日間使用したに過ぎないことが認められ、右事実によると原告は本件事故により原告車を喪失したものというべきであり、その損害額は事故当時の原告車の価額によるべきところ、その購入後の期間からみて、これをその購入価額六六万一、〇〇〇円と同額と見て差し支えない。

(二)  原告車の付属品破損による損害

前掲甲第三号証、同第一〇号証、同第三七号証及び証人林大三郎の証言によると、原告は本件事故により原告車にとりつけた次の付属品を修理及び使用不能な程度に破損したことが認められる。

(1)  無線機 価額一八万五、〇〇〇円相当

(2)  料金メーター 〃 二万一、〇〇〇円相当

(3)  タコメーター 〃 一万二、〇〇〇円相当

(4)  カーラジオ 〃 六、〇〇〇円相当

(5)  ヒーター及びマツト 価額一万〇、四五〇円相当

(6)  オートドア 〃 三、二〇〇円相当

(7)  屋上燈 〃 二、一〇〇円相当

(8)  塗装及び工賃 〃 一万五、八〇〇円相当

(9)  その他車両備品 〃 一、五〇〇円相当

価額合計二五万七、〇五〇円

(三)  休車損害

原告車が修理不能な程度に大破したことは前記認定のとおりであり、前掲甲第二号証及び証人林大三郎の証言によれば、原告はタクシー業者であるところ、原告車により本件事故当時一日平均九、五三六円の純利益をあげていたことが認められる。

ところで本件事故による休車により原告が蒙つた損害は、代替車購入に通常要する期間内に発生する得べかりし利益によるところ、右期間についてはこれを一カ月とみるのを相当とすべきであり、原告において原告車が大破したことを本件事故当日知り得たことは前掲甲第一三号証により認められるから、本件事故当日から一カ月(三〇日)間の得べかりし利益を算出すれば、二八万六、〇八〇円となる。

(四)  原告車破損による牽引代

証人林大三郎の証言により成立の真正が認められる甲第四号証及び同証人の証言によれば、原告は本件事故により原告車の牽引代として一万〇、五〇〇円の出費を余儀なくされたことが認められる。

(五)  原告は消防団員御礼として酒一斗八、九〇〇円相当の出費をなし、同額の損害を蒙つた旨主張し、証人林大三郎の証言により成立の真正が認められる甲第五号証及び同証人の証言によれば、原告が本件事故の後始末をなした消防団員に御礼として八、九〇〇円相当の酒一斗を贈答したことが認められるが、右の如き贈答が社会通念上通常行なわれるものとは直ちにいい難いから、右贈答による出費は本件事故と相当因果関係にある損害とはいえないというべきである。

四  過失相殺

前記認定の本件事故の態様によると、原告車を運転していた石川春美は、制限速度を超えた速度(時速約七〇キロメートル)で進行していたものであり、又原、被告車の進行速度(共に時速約七〇キロメートル)及び被告車が車体を左右に振つた地点から衝突地点まで約四五メートルであつたことからすると、石川は約九〇メートル先に車体を左右に振りながら中央線を越え自己の進行車線を対向して進行してくる被告車を発見し得たことが推認されるところ、石川としては直ちに急制動の措置をとり道路左側に避譲する(前記認定の衝突地点からすれば左側に避譲することは可能であつたと推測される。)ことにより、被告車との衝突を回避し得たと思われるのに、前記認定の衝突地点及び原告車の衝突時の速度に鑑みるときは、石川は衝突直前まで制限速度を超えた速度で進行し右の如き避譲措置を取つていないことが推認され、従つて石川にもこの点において本件事故につき過失が存するものといわざるを得ない。しかして前掲甲第一三号証によると、石川は原告の運転手としてそのタクシー業務に従事中本件事故に遭遇したものであることが認められるから、石川の右制限速度違反及び避譲措置義務違反の過失は原告が本件事故により蒙つた損害の額を算定するにあたり斟酌されて然るべきであり、以上の損害のうち二割を過失相殺として減ずるのが相当である。そこで右に従い原告が被告賢一及び同義雄に求め得る損害の額を算出すると、九七万一、七〇四円となる。

五  結論

よつて、原告の本訴請求は、被告賢一及び同義雄に対し各自金九七万一、七〇四円及びこれに対する本件事故後であること明らかな昭和四七年五月三〇日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるので、右限度で認容し、被告賢一及び同義雄に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 園田秀樹)

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